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Oohori Park / Fukuoka March 2015

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■大濠公園 2015年3月■
 
3月上旬。突然に寒気が入った影響で、冬の雲が
戻ってきた。大濠公園に出たが、リニューアルした
ばかりのボート乗り場は閉鎖されていた。チケット
売り場のガラスに映った雲と時計が幻想的だった。
 
< PENTAX MZ-S / FA 28-105mm / RVP 100 >

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コメント

まるでPhotoshop上で合成したかのように見える写真が、
ナチュラルな条件で撮れることがあるのですね。驚きました。

時計がこのように幻想的に映り込むと、時代だとか、
時の経過を強く意識させる効果が出てきますね。
 

投稿: GenunSai | 2015-07-29 07時08分

■ご感想ありがとうございます。
 
 この時はそういうシーンを探していた訳ではなく
 偶然そこにあった!という感じでした。時の経過までは
 考えませんでしたが、そう捉えていただいてよかったです。

 実はこういうガラスなどに映り込んでいる
 「雲の情景」は私の好きなジャンルでもあります。
 現実世界が一転して幻想的になるのが好きですね。
 

投稿: J-kai | 2015-07-29 11時54分

鏡(ミラー)や窓などは現実風景をそのまま映しているものでありながら、
途端に虚構の要素も加わってくるのは不思議です。

古くはミラーマン、10年くらい前にも仮面ライダー龍騎といった形で
少年向け番組にも繰り返し取り入れられています。

甲斐さんのこういう幻想的、仮想的趣向の作品も楽しみにしています。

投稿: GenunSai | 2015-07-30 09時36分

■そうですね。単に現実世界が映り込んでいるだけなのに
 もうひとつの現実が重なるだけで幻想的になるのは
 どこか不思議ではありますね。
 
 この写真、時計にピントが合ってないのが(合わせるのは困難ですが)
 より幻想的に見えてきたのだと思います。
 こういう狙い方も大事にしていきたいですね。
 

投稿: J-kai | 2015-07-30 11時43分

もう1つの現実が重なる・・・・という表現の仕方はロマンティックです。

時間軸があるので、朝日が夕日と重なるみたいな現実の重なり方はしませんが、
2つの異なる現実をコラボさせる現実の重なり方はありですね。

投稿: GenunSai | 2015-07-31 17時40分

■デジタル全盛の現在なら、どうにでも写真の加工が出来るみたいです。
 
 でも後から加工したものと、現場でリアルに撮影したものは
 臨場感というか、空気感が違ってくると思っています。
 現場で幻想的なシーンが展開される瞬間、大切にしたいですね。
 

投稿: J-kai | 2015-07-31 19時02分

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